気まぐれ日記 06年2月

06年1月ここ

2月1日(水)「晴耕雨読?・・・の風さん」
 「和算に挑戦」を解くことはできなかったが、途中までの答案を送ったことで、何となく一段落した気分だ。苦戦したことをメールで送ってみたら、やはり、先方でも答案が届くことを期待していたらしく、不正解ながら、とりあえずは参加したことを喜んでもらえた。また、来年、である。
 それだけで満足することにして、夕べはさっさと就寝した。
 爆睡した。
 今朝は、目覚めたら雨だった。本社に出張するので、早めに家を出たが、雨の日は渋滞するので、約1時間20分もかかってしまった。そう。風さんは、けっこう遠くに住んでいるのだ。・・・というか、会社のことを忘れることができるくらい遠くに自宅を構えたのだ、無駄な抵抗だったが(笑)。
 多忙な会社生活を終えて帰宅したら、注文してあったたからしげるさんの本が2冊届いていた。『闇王の街』と『ギラの伝説』である。夕べまでベッドでノベライズ本『冬のソナタ』を読んでいたので、今夜から、これだ。ノベライズ本はひどいな。ドラマは良かったが、こんな本が50万部も売れるなんてひどすぎる。
 今日は終日雨。雨戸を打つ音を聞きながら、ベッドで本を読む。

2月2日(木)「期待できない確定申告・・・の風さん」
 今日も昨日とよく似た行動パターンだった。
 本社に出張した。天気が良かったので、道路はスムーズに流れていて、1時間10分ほどで着いた。
 製作所に戻る途中で、市内の美術館に寄って、陶芸展を見学した。年に1回の展示会である。ここ数年必ず見学しているので、だんだん目が慣れてきた。知人の作品を最もひいきにしているので、必ず行くのだが、他の作品にもようやく目が向くようになってきたのだ。陶芸とはいえ、皿や鉢、壷ばかりではない。知人の独創的な人形や、置き物、陶額、ランタン、オブジェ、何でもある。色や形もかなり自由で現代的だ。私が住んでいる町の文化祭でも感じることだが、日本という国は、隅々まで文化レベルが高い。藤原正彦先生ではないが、情緒豊かな国民なのだろう。
 帰宅したら、今日は、源泉徴収票が2つ郵送されてきていた。そろそろ確定申告の時期である。今年は、収支のアンバランスが激しい。持ち出しだらけの大赤字である。やはり出版できなければ、身動きがとれない。金がなければ活動できない情けない小説家である(涙)。
 明日は、午前中に社長報告があるので、今夜も早めに寝て、明朝ミッシェルでぶっ飛ばしていく。

2月3日(金)「再び新年を迎えた気分・・・の風さん」
 今日は本社で社長報告があるので、3日連続の本社出社だった。
 昨夜は発表の準備を自宅でしていたので、就寝は午前1時半頃になってしまった。睡眠不足の不安を抱きつつミッシェルのハンドルを握ったが、意外と道路が空いていたので運転は楽だった。
 残念ながら社長報告は不完全燃焼で、目的を100%達成することはできなかった。それでも、終わったことは終わったので、区切りにはなった。そういう意味では、「和算に挑戦」の答案と一緒かもしれない。
 予定通りに午後を休みにして退社した。公私共に常に懸案がやまほどある。いつもと違うルートでミッシェルを走らせていると、不健全な思念が何度も頭に浮かんだ。はっきりと目前に迫っている老化。自信の喪失。先に対する不安。逃避への欲求。「うつ状態」である。心なしかミッシェルの加速感も重い。
 帰宅してワイフに、「薬をもらいに整形外科へ行って来る」と告げたら、来週高校受験の次女のことを心配して、「インフルエンザがうつるからやめて!」と止められた。
 「あ、そう」と答えた私は、そのままパジャマに着替えてベッドに倒れ込んだ。
 ほぼ5時間の深い眠りだった。昨年末以来の疲労に終止符を打てた気がした。それだけ無理して突っ走ってきたのに違いない。
 夕食のテーブルについたら「恵方巻き」が出ていた。精神的に江戸っ子の私には、こういった風習はなじめない。そもそも「恵方巻き」は神仏と密着した伝統行事ではなく、大阪の食い倒れと同じ「縁起物」の部類である。いわば観光地に行って名物を食べるのと一緒。ビジネス的にはセブンイレブンの仕掛け。
 ワイフがあれこれとごたくを並べたので、うんざりした私は手をつけなかった。
 こんなことをしなくたって、次女は志望校に合格するに決まっている。

2月4日(土)
「ETCが作動しなくて焦る・・・の風さん」
 夕方、母を空港まで迎えに行かねばならなかったので、それまで執筆に専念した。昨日、たっぷり昼寝したせいか、久々に集中力が出た。やはり執筆には体力が必要だ。
 執筆の途中で外へ出ることがあったが、庭に置いてあるバケツの水が凍ったままだった。真冬の寒さである。
 今日はミッシェルのETCをチェックすることも、空港往復の目的の一つだった。行きは問題なく作動した。
 母を空港にあるホテルにチェックインさせ、長女と合流して晩御飯を食べてから帰ってきたのだが、帰りにETCが問題を起こした。出発時のカード挿入がまずかったのか、作動しなかったのである。慌てて抜き差しをしたがダメ。後続車が呆れてパッシングしている。スピーカーから「カードをお取り下さい」のメッセージが流れ、みっともないことはなはだしい。
 自宅に着いて、最初からやり直してみたら、ちゃんと「カードを確認しました」のメッセージが流れた。さっきは一体何が起きたのだろう。
 たからさんの『闇王の街』を読んで、さっさと寝た。

2月5日(日)「世代交代近し?・・・の風さん」
 実は、このところショッキングなことが連発している。
 昨夜頂戴したメールで、大変な小説が既に出版されていたことを知った。現在執筆中の長編と主人公が同じなのである! その主人公が誰かは敢えて言わないが、これまで小説の主人公として扱われたことがなかったと思われる人物だ。だから、私の作品が上梓されれば、最初の小説としてだけでも価値はあったはずだ。しかし、それは、もはや意味をなさなくなった。幸い、主題と時代が違っていたので、命拾いした。
 小説家が作品を書くのは、研究者が論文を書くのと似たところがあり、先見性が重要なのである。
 今朝の新聞の書評にも驚く作品が紹介されていた。これは直木賞作家が書いたもので、私の作品でも部分的に取り上げた内容を、深く、広く、展開したもので、内容が高く評価されていた。これがもし逆だったりすると、有名作家の小説にヒントを得て、無名作家(私のこと)が小説を書いたというそしりを免れない恐れがある。
 無名の鳴海風は、とにかく先見性のある作品を出し続けないと、それなりの評価は得られないのである。
 そのためには、体力も当然必要だが、IT時代の今、私の一番欠けている「スピード」も必須なのである。
 長男が勉強もせずに書いていたストーリーマンガを、初めて見せてもらった。
 私も小学校時代、漫画家を目指してせっせとインクで指を真っ黒にしていたものだ。
 処女作かもしれないが、絵はなかなか堂に入ったものだし、ストーリーもそれなりに起伏があるし、素直な作品で感心した。応援したくなった。気になる点を一つだけ選んで指摘してやった。
 これから、どれだけ根気よく努力していけるか、親としては暖かく見守ってやろうと思う。

2月6日(月)「子供の面倒を見て途方に暮れる風さんの巻」
 夕方から天気予報通りに雪が降ってきたので、焦って帰宅した。
 注文してあった、すがやみつるさんの『マンガで分かる小説の書き方』(ダイヤモンド社)が届いていた。
 さっそく読み始めたら、面白くて一気に最後まで読んでしまった。知っていることがほとんどではあるが、愚かな私としては、こうして何度も指摘されると思い知らされる。プロの小説家はやはり甘くない。
 昨日アドバイスをした長男が、修正したマンガを持ってきた。「これで、どう?」と言う。
 この作品の中の最大のヤマ場なので、修正は非常に難しい。あまりにも重たくしてしまうと、他とのバランスが崩れてしまう。主題を見事に表現していて且つ分かりやすい、というのが目標である。真剣に悩んで悩んで、修正した部分を生かすために、その前後に対して、また愚見を披露した。
 またひと晩考えてみるそうだ。けっこう根性あるかも。
 それが終わったら、明日が私立高校(本命ではない)の受験の次女が、数学の問題を教えてくれと言ってきた。
 けっこう面倒くさい問題だったが、この間の「和算に挑戦」よりはずっと易しい。
 二つ解いて教えてあげたら、納得していた。全く同じ問題は出ないだろう。
 子供の相手をしていたら、すっかり遅くなってしまった。今夜も長編に手がつけられない。
 ・・・明日の天気が気になる。

2月7日(火)「熱心な長男・・・の風さん」
 何とか雪は降らなかった。でも、寒い1日だった。そして、多忙・・・疲れた。
 帰宅して夕食を摂ったら、猛烈に疲労感が襲ってきて、食卓に突っ伏して寝てしまった。
 目覚めたら、また長男が修正漫画を持ってきた。熱心さに感動し、今日は、究極のアドバイスということで、具体的なセリフとタイトルの例を示してやった(今日時点でもまだタイトルが決まっていなかったので)。これで、明日は、どんな結果になっているだろうか。
 就寝前は、たからしげるさんの『ギラの伝説』を読んでいる。読破するのにまだ数日かかるだろう。

2月8日(水)「読書に精出す風さんの巻」
 久しぶりに東京出張した。
 比較的ゆっくり出発したのだが、行きの新幹線で爆睡してしまった。やはり疲れやすいのだ、最近は。新横浜を過ぎたところで目が覚め、コンビニで買ってあったおにぎり2個で昼食を済ませた。
 東京駅で先にお土産を買って、帰りの新幹線の変更(1時間遅く)をしてから、目的地を目指した。
 仕事は順調だったが、予想通り帰りが遅くなり、のぞみを1時間後に変更しておいて正解だった。
 東京駅構内のベーカリーで夕食用のパンを購入してのぞみに乗車した。
 帰りは、持参した文庫を読んだ。新鷹会の仲間である中原洋一さんの『煙と手錠』(祥伝社文庫)である。2時間半で130ページ以上読んだ。元気だと読むペースも速い。まだ半分だが、専売公社監視員という今はなくなった職業の人が主人公で、なかなか面白い。

2月9日(木)「平凡な一日でもスリルに満ちている・・・の風さん」
 目覚まし時計のベルでいったん目覚めたものの、またうとうとしたら、そのまま1時間半も寝てしまい、ミッシェルで有料道路を爆走したが、今朝は遅刻。そのツケというわけでもないが、残業するハメになり、帰宅は9時を回った。
 次女が私立高校受験2校目の日で、けっこう難しかったと疲れた顔をしていた。おまけに、今日届くはずの1校目の合格通知が届かず、しょげていた。し、しかし、抽選に応募したバレンタインチョコが当選したので、がっかりは帳消しになっていた。賞品のチョコにはカードが入っていて、開くと加藤あいの声で、「ハッピーバレンタイン!」と言ってくれる。おじさんにはうれしいプレゼントだ。しかし、おじさんではない鳴海風には関係ない・・・が、Zhang Ziyiのチョコは欲しい!
 15年間使用した洗濯機が壊れた。羽根を止めているネジがバカになったらしい。早速電気屋に最新の機種を注文したので、土曜日の朝には届くそうだ。
 次女の受験のこともあり、毎日睡眠不足で、洗濯機まで壊れてすっかり憔悴しているワイフの目がくぼんでいた。早く寝た方がいいと忠告したら、夕方から長女が飲み会に出かけた、と怒っていて、珍しく私のアドバイスに従った。何のことはない、フテ寝しようというだけだが。とにかく駅からの夜道は物騒なので、午後11時15分着の長女を迎えに私がミッシェルで出かけた。
 一昨日のアドバイスから、長男のマンガに進展がない・・・ようだ。今日も、相談に来なかった。
 疲れていて気力が出ないけれども、雑用がたまり過ぎるのはよくないので、入浴後、手紙を書いたり、メールを送ったり、こうして気まぐれ日記を更新したりしている。だんだん、夜も更けてきた。疲労がたまる。
 洗濯機を更新するのは仕方ないが、昨年からエアコン、石油温風ヒーターと更新していて、今年はバスルームもリフォームが必要だと考えている。そのうち一家の主も更新が必要という事態になりはしないだろうか。
 
2月12日(日)「一周忌と観音経・・・の風さん」
 亡父の一周忌の法要を執り行った。命日がセントレア空港の開港日なので、思い出すのに都合がよい。今回は、兄夫婦に空港内のホテルに泊まってもらい、朝、迎えに行った。兄には喪主を務めてもらった。さらに、ワイフのご両親や妹夫婦にも来てもらい、にぎやかに法要ができた。お寺の本堂では、住職の読経に合わせて、般若心経や観音経の偈(げ)を唱和した。意味はよく分からないが、気持ちが引き締まるのは日本人だからか。都合で今回は長女は欠席したが、長男と次女には良い経験になったろう。
 その後、例によって食事会となった。今回は南知多の方にある高級旅館を利用した。座敷からは烈風に泡立つ伊勢湾の海面が広く眺め渡すことができ、見惚れてしまった。食事後は、屋上にある露天風呂にも入った。ただし、冷たい強風が温水を凍るような水しぶきに変えてしまい、寒かった。
 再び自宅に戻り、酔い覚ましにシュワちゃんの「トータルリコール」を鑑賞し、その後、兄夫婦をセントレア空港まで送った。このとき、ミッシェルに装備したETCの不具合を再び経験した。始動時に確認されたETCカードが走行中に未確認になってしまうという現象だ。あれこれと試しているうちに、せっかく確認したETCカードでも、電圧低下により未確認になってしまうことが分かったのだ。特に、ヘッドランプを点灯すると同時に確認ランプが消えてしまうのを目撃した。配線の問題だと思われる。今度、修正してもらおう。
 一周忌を無事終え、人生というものをあらためてしみじみと思う。今日は副住職の永平寺での修行話をうかがうことができ、人間は何を目指して生きて行くのか、本当に難しいと思った。
 まだ耳底に観音経の偈がこだましている。「念被観音力・・・」

2月16日(木)「岡崎健闘の4位・・・の風さん」
 テレビはほとんど観ることがない私でも、新聞くらいは目を通す。住んでいる地域では地元紙が最強で、以前、某プロ球団と関係の強い中央紙を購読していたのだが、うち1軒だけしか配達がないことが分かったので、気の毒で購読を中止し、地元紙に変更した経緯がある。お陰で、広告がどっさり折り込まれることになり、情報が増えた(笑)。
 今日の朝刊を見ていて腹が立った。
 テレビはほとんど観ていないが、トリノ・オリンピックで日本の成績がパッとしないことは知っている。これは、夏のアテネ・オリンピックで日本が大活躍だったから、相対的な問題なのである。種目も多く、大選手団を送り込んでいれば、メダルの獲得も多い。それに比べたら冬のオリンピックはそもそも種目も少なく選手団も少ないのだから、メダルがどっさり取れるわけがない。それに対して、日本の期待もマスコミの力の入れようも、夏と同じなのだから、選手の重荷は大変なものであろう。
 これはほんの1例だと思うが。
 女子スピード・スケートの岡崎朋美選手の4位という立派な成績に対して、1面で見かけた文章が「最終カーブで乱れ岡崎4位」とはなにごとか! まるで岡崎選手に罪でもあるような書き方ではないか。ベストを尽くした選手に称賛の言葉を与えるべきところを・・・。もし彼女が私の娘だったら、新聞社にクレームをつけるところだ。そして、私が新聞記者だったら、絶対こう書く。「岡崎健闘の4位! 見せた、主将の意地」

2月17日(金)「穏やかな祥月命日・・・の風さん」
 穏やかな陽気になってきた。今日は、父の祥月命日(しょうつきめいにち)である。セントレア空港の開港1周年でもある。1年前のこの日の夜、インターネットで福島までの家族5人分の航空券が手に入り、開港二日目のセントレア空港から飛び立ったのだった。
 いつか訪れる日という覚悟はできていた。それでも、事実を全身で受け止め、新たな生きる勇気に変えるまでは時間がかかった。そのための四十九日であり、新盆であり、一周忌だったのだろう。その間に、自分自身の一番大きな変化は老いの訪れである。生病老死(しょうびょうろうし)とはいうけれど、人生は前進しかなく、前進をやめるときは死を迎えるときなのだろう。
 今日は、非常に珍しく、会社でスケジュールの入っていない日だった。不思議だなあ、と思っていたら、その理由が分かった。同僚や部下がほとんど会社にいないのである。出張や有休だった。それで、朝から現場に入ったし、日ごろできない資料作成などをやった。夕方までにかなり仕事の計(はか)が行ったので、少し早かったが退社した。帰りに事務用品などの買い物をし、ミッシェルの給油もして帰宅した。まだ陽が高かったので、気分が高揚した。久しぶりのことである。ついでに、ご無沙汰しているトレーニングに行こうかと思ったが、ミッシェルを降りたら風が冷たかったのでやめた。
 夕食前に雑用をたんまりと片付けることもできた。
 うちでは食卓のすぐ近くに父の位牌を置いている。いつも家族と一緒にいてもらいたいからだ。
 これまた実に久しぶりに、父の遺影に線香を捧げた。

2月18日(土)「パロディ・メールも作れる絶好調さ・・・の風さん」
 明日から徐々に天気はまた下り坂のようだが、今日は、日中は青空が広がった。
 たっぷり8時間の睡眠をとったので、今日は朝から絶好調で執筆に励んだ・・・が途中でちょっと居眠りはした。
 それでも久々の集中力が出せたので、満足である。
 朝刊を見たら、国会で展開されているバトルの原因となった電子メールのコピーが載っていて、見て笑ってしまった。こんなもの、誰でも偽造できるぞ。しかも、文体がよく届く迷惑メールのたぐいと似ていて幼い。第一、幹事長の次男のフルネームや、具体的な振込先の銀行名や口座番号が記録されていない。これで、どうしてあのような発言が堂々と言えるのだろう? 文末の「堀江」という文字の左端が消されているのはなぜか? うちの子供が言っていた。「堀」じゃなくて「掘」だったんじゃない? 自分の名前の文字を間違えるバカはいない。
 夕食後、ワイフのパソコンを使ってそっくりのメールを作成した。偽造メールと呼ぶよりは、パロディ・メールと呼ぼう。ところが。
 「ねえ、ねえ、見て、見て。これ、そっくりだから」
 (呆れて逃げまくるワイフ)
 そう。私のしていることは、普通の主婦から見ても、子供じみているのだ。
 そのワイフは、明日は、町の文化施設でトールペインティング体験教室をする。講師である。けっこう人気が高く、すぐに定員一杯になるとのこと。助手として自宅教室の生徒を連れて行く。その生徒は、私の気まぐれ日記をときどき読んでいるらしい。

2月19日(日)「作家の典型的な日曜日?・・・の風さん」
 今日も昨日に続けて執筆専念できた。が、どうも能率が悪い。もともと遅筆のところへもってきて、老化が進んでいるため、電子辞書を引くことが多い。ボキャビュラリィが貧困というか、単語が出てこないのである。それでも、いちおう亀のごとき前進はあったから「ヨシ」としよう。
 ワイフは予定通りにトールペインティングを教えに出かけた。生徒は14名集まったそうである。昨年からワイフの教室のホームページ作りをしていて、なかなかできないのだが、今日もその完成目標日ではあった。こういった絶好の宣伝日にURL付きの名刺を作って行けば、あとはホームページが勝手に生徒を集めてくれるはずだった。ついでに、ケータイからアクセスできるヤツも作りたかった。なぜ出来ないかと言うと、私がのろまなのと、やはり多忙だからだ。ボケもあるか。
 今日、たからしげるさんの新刊が届いた。『絶品 らーめん魔神亭 森のおくでひっそり営業中』(ポプラ社 840円税別)である。うわぁ〜、長いタイトル。そしてド派手な表紙。金色も使っている。『ギラの伝説』を読み終わったら、次はこれだな。先日、知人からたからしげるさんのブログが面白いと聞いた。どれどれ、そのうち見てみよう。
 最近、ボケのネタが多いが、うちのシルバーも14歳になって、かなりボケてきた。猫のトイレは玄関にあるのだが、夕べはそのトイレの横、玄関のたたきの上に、ぐるぐるのトグロうんちを垂れていた。ワイフは私の作ったパロディ・メールで卒倒していたので、私がトイレットペーパーでくるんで水洗トイレに流したが、完璧には拭き取ることができなかった。今日、その続きを、ワイフが不在の間にやったのだが、こびりついていて、なかなか取れず、水でふやかして、ようやくきれいにできた。自分の近未来を見せ付けられているような気がするので、特に腹も立たないが、おいおい、ちょっとボケるのが早過ぎるぜ。
 あ、そうだ。また日展を見逃してしまった。ジュディ・オングさんの観たかったなあ。

2月20日(月)「ばか男・・・の風さん」
 10日、20日、30日といった「0」がつく日は、愛知県では「交通事故ゼロの日」で、交差点では立哨が多いし、ネズミ捕りをやっていることもある。今朝もそうだった。反対車線でネズミ捕りをやっていた。ちょくちょく仕掛けているポイントなので、通勤時間帯、捕まるヤツはほとんどいないだろう。ただ、常時探知ではなく、接近車を見てからスイッチを入れているらしく、ミッシェルのレーダー探知機では反応しない。危ない、危ない。
 会社では一日中会議室に缶詰め状態だった。
 定時後、毎月通っている歯医者へ行った。歯磨きがへたくそなので、毎回歯垢除去を受ける。
 この一ヶ月というもの、電動歯ブラシの効果で、余裕ができ、糸ヨウジも使っているから、今日は自信があった。これで毎月の高額歯科治療代から脱出できる、と確信をもって出かけた。
 案内してくれたのは、いつもと違う歯科衛生士だった。
 (お! 可愛い子だな)今日は自信満々の風さんは、鼻の下を伸ばしながら椅子に座った。
 「ここ1ヶ月頑張りました」
 その子に話しかけたが、すぐに歯科医がやってきた。
 「どれどれ?」
 (あーん)
 背を倒されたら、1年ぶりくらいのめまいが・・・。
 「まだ歯垢が残っていますね」
 (-_-;)
 「お手入れしてもらいましょう」
 (ちぇ。でも、ま、いいか。いつもより可愛い子だし)
 「痛かったら、左手を上げてくださいね」
 (へーい。余裕、余裕)
 ところが、始まったら、その子のやり方はきつーい。いつもよりも、じんじん攻めてくる。
 (かなりハードじゃん。痛っ!)
 「はい。終わりました。口をすすいでください」
 ふらふらしながら、水をふくんで「ぺっ」。(血だ!)
 可愛い子はどこかへ消えた。
 「じゃあ、次はまた1ヶ月にしましょう」
 次回の予約を取りに来たのは、いつもの歯科衛生士の子だった。まるで聖母マリアのように見えた。

2月21日(火)「ケータイ余談・・・の風さん」
 携帯電話は便利だが、私はちょっと敵視している面がある。ケータイのおかげで本離れが進んだからだ。しかし、ケータイが「あって当たり前」になって落ち着いてくれば、また人々の関心が活字に戻ってくるだろうと信じている。それまで、良い作品を書き溜めなければ。
 ・・・ではあるが、現実の問題は問題として存在する。
 帰宅したら、次女が自宅でコードレスで電話中だった。壁掛けの本体を見ると、既に1時間経過。ケータイを取り上げているせいもあるが、受験生が何を長電話しているのか。ワイフによると、昨日も80分ほどの長電話していたそうな。早くも主婦・おばさん状態か。「勉強の話をしていたのだろうね?」と心にもない質問をしてみたら、首を振っていた。第一志望に合格できなければ、希望している新機種への変更は「なし!」だ。
 長女は長女で、今、試験期間中にもかかわらず、ケータイを別会社に変更してしまった。狙いは「LOVE定額」。これで彼氏の負担を一気に軽減させるらしい。相手の立場で考えればうれしい限りだろう。そのためのリスクは、恐らく毎月の負担の上昇だ。計算通りにはいかない筈。何事も勉強で、痛い思いをしないと分からない。かつての私もそうだったのだろう。忘れているだけだ。
 3月4日の講演の資料準備をようやく開始した。これまでずいぶんと蓄積があるので、資料はすぐにできると思う。問題は、ボケた頭を活性化させることだ。
 疲労がたまらないように、今夜も早く寝ることにする。

2月22日(水)「なぜか病再発?・・・の風さん」
 昨夜は、11時半に就寝した。就寝前のトレーニングもやめたのに、すぐに爆睡してしまった。不思議だった。
 今朝は普通に目覚め、時間がきたので体を起こしたら、くらくらする。月曜日に歯医者で久々に感じためまいだった。すぐに治るだろうと、そのまま洗面所に行ったが、めまいを押して歩くと吐き気がしてきた。軟弱な風さんに戻ってしまった。
 階下に降りて、ワイフに、
 「めまいがひどい」
 と呟いて、ベッドに逆戻り。
 小一時間寝て(本当に寝てしまうから驚く)、再び体を起こしてみたがフラフラする。
 会社に休む旨連絡。
 ワイフがやってきて、
 「会社行きたくない病でしょ?」
 と言うから、
 「そうだ」
 と回答。反論する気力もない。
 「ええと、何だっけ?」
 「うつ病」
 「そう。それそれ」
 信じられないことに、再び目覚めたのは12時半だった。ワイフが昼食を持ってきてくれたのだ。こういうことは珍しい。インフルエンザやマイコプラズマ肺炎で臥せってしまったときでも、放っておかれたものだ。少々のことでは死なないという確信があったからだろうが、昨今の私は、棺おけに半分足を突っ込んでいる。ようやく人間として扱ってくれるようになった。
 会社のことやら自分の本業のことやら、さまざま頭をめぐる。今日はこれからどうしようか? 明日は? 明後日は? すべて自分の体と相談しながらやっていかないと、あちこちに迷惑をかけてしまいそうだ。判断力も鈍っているだろうから、行動の選択も慎重にやらねばならない。

2月23日(木)「今日は偏頭痛・・・の風さん」
 出社するために6時半に目覚めたが、起きられなかった。左の耳の後ろがずきずき痛む。偏頭痛も生じてきた。ただし、熱はなく、インフルエンザではなさそうだ。受験生がいるから、インフルエンザでは困る。
 結局、昼前まで寝ていて、それからやっと起き出したが、偏頭痛が治らない。仕方なく、頭痛薬を飲んでみた。
 昼食後、久しぶりにワイフと雑談した。
 「あなた、病気じゃなさそうね」
 「いや、うつ病は、こういった感じだ。一見怠け者に見える」
 「知ーらない。いけないんだから〜」
 「本人が病気だと言っているのだから、間違いない」
 夕方まで偏頭痛が続いた。
 あたりが暗くなる頃、ケータイに職場から電話が入った。今日、心配していたことがどうなったか教えてもらった。やはり私などいなくても大丈夫だった。
 夕食後、さらに同僚とのメールのやりとりがあった。
 これで、明日から復帰しても何も問題がない状況になってしまった。
 なかなか浦島太郎にはなれないものである。
 いつのまにか偏頭痛も消えていた。
 例の議員は辞職をほのめかしているそうな。
 私の「めまい」休みも、単なる人騒がせで終わるのだろうか。

2月24日(金)「久々に出社してみれば・・・の風さん」
 今朝も偏頭痛は残っていたが、気になる仕事もあったので、ずる休み・・・じゃなかった、大事をとった休暇を中止して出社した。
 有料道路をミッシェルをゆったりと走らせた。こういった毎日を送れる日が、いつか来るのだろうか。
 本社に着いたが、同僚らの姿はまだ誰も見なかった。ふらふら歩いて、旧部下に声をかけたりして皆を待った。
 トップへの報告を終えてから、岡山からの来客に対応し、急いで昼食を摂ってから製作所へ移動した。
 休憩もなく打合せに突入した。資料が必要で、途中で2度も社内を走った(こんなことしているから過労でダウンするんだよなあ)。タイミング良く、注文してあった名刺(鳴海風)を業者が届けに来てくれて、ゲットした。
 二つ会議を終えて、またまた休憩する間もなく、来客とのシビアな打合せに入った。議長役は私なので、定時頃、結論を宣言しなければならなかった。「今日決定した宿題事項を、確実に実行してくれることを条件に、設備の移転を承認します」何のことだか分からない? いや、分からなくていいのです。会社の仕事ですから。
 やっと6時過ぎに自分の席に着くことができた。二日ぶり、いやそれ以上だろう。
 パソコンを立ち上げて、私しかできない処理を最優先に実施した。続いて、今日までに集まった書類の発送準備。これは、まだ残務がありそうだったので、来週初めにもう一度整理することに。
 いくつかメールチェックをしている間に、何人かの部下が承認のハンコをもらいに来た。
 自動販売機でコーヒーを買ってきて飲みながら、上司へ提出する書類の作成を始めた。これは、先週途中まで書いてあったので、残りをやったのである。それが終わる頃、部下が次々に帰宅して行った。
 最後に、上司へ最近の業務報告をまとめてメールした。多忙な上司は自宅からでもアクセスして読んでくれるだろう。退社するため席を立ったのは、9時45分だった。かつては、こんな時間はざらだった。
 帰宅は10時半。明日まで疲労が残らないように、早めに寝よう。

2月25日(土)「ビンボー・・・の風さん」
 なぜか夕べは寝つきが悪かった。精神状態がまだ不安定なのかもしれない。
 それで、今朝はゆるゆると起き出した。疲労はないが、イマイチ元気が出ない。
 書斎に入って、少しパソコン内のデータを整理して、プリントアウトが必要になったため、印刷実行しようとしたら、エラーメッセージが出た。プリンターヘッドの故障だと! 冗談やめてくれ。数年前にも同じことが起きて、たまたま年賀状印刷時期だったため、怒った風さんは、修理依頼しつつ、もう1台プリンターを買ってしまったのだった。
 昨今プリンターは格安で手に入るが、書斎のプリンターはA3も印刷できるタイプなので、ちょっと捨てがたい。新たに購入したものは普通のタイプである。電源のオン・オフは当然のこと、ヘッドの脱着も繰り返してみたが、復旧しなかった。明日、修理依頼することにした。
 ガックリきたが、あまりしょげていても仕方ないので、とにかく仕事に着手した。
 来週の講演の準備の続きをした。あと、ひと息だな。
 某社向けの長編プロットの書き直しの続きをした。できれば、来週末に完成させて送付し、それに基づいて打合せをしてみたい。ありがたいことに編集者はその気になってくれている。
 長期取り組み中の長編は、夕食後となった。全体の流れを大変更中で、アウトライン機能を生かして、効率よく修正することに、今回初めてトライしている。これができるようになれば、きっと能率が格段に上がるはずだ。・・・と思いつつ作業しているのだが、途中でふと気が付いた。どんなマシンやソフトを入手しても、本人の根気というか体力・気力がなくては、何にもならない。
 とは言え、励みにはなるので、次に購入したい執筆マシン(デスクトップパソコン)をネットで物色してみた。スペック的には、全項目数倍に跳ね上がるやつが狙いだ。
 しかしなあ、今年は確定申告もできない貧乏小説家だから。

2月26日(日)「もう一つの「博士の愛した数式」・・・の風さん」
 目が覚めたら外は土砂降りだった。薄く靄すらかかっている感じだった。
 今後のスケジュールの都合で、どうしても映画「博士の愛した数式」を観ておく必要があったので、ワイフを伴って出かけることにしていたが、ちょっと腰が引けた。
 今日の外出には、昨日ぶっこわれたプリンターの修理依頼持ち込みもあって、これが大雨の中ではひどく億劫である。
 このプリンターは4年前に購入したものである。追加のお金を払って3年保証にしてあったので、最初の故障は無料修理となったが、今回は有償は免れない。3年前の修理伝票を探し出してチェックすると、全く同じ症状だった。当時もプリンターヘッドを交換したのである。どうせなら、自分でヘッド交換したかったが、取り扱い説明書には、このエラーメッセージが出たら購入した店かサービスセンターへ出せと書いてある。しかも、ヘッドの品番も書かれていない。取り扱い説明書にも本体にもないのだ。試しにメーカーのサイトを調べてみたが、ヘッドの販売はしていなかった。
 天気予報は終日雨で、外では激しく雨が地面を叩いている。だんだんイライラが募っていった。
 そこで、どこかのネットショップで、プリンターヘッドを売っていないか、探してみることにした。そうしたら、あった! 様々のプリンターヘッドが売られていて、私のプリンター用のは、中でも高額なやつだった。約8000円である。これでは、修理に出したら、部品代と工賃とで13000円は下らないだろう。
 私は、すぐにネット購入の手続きをした。
 これで安心して執筆の続きをやり、昼過ぎに出かけることができた。
 邦画を観たのは久しぶりである。文学作品をどのように映像化しているのか、とても心配だったし、興味もあったのだが、まずまず成功していたと思う。それは、原作にないドラマを挿入した脚本家の勇気と、ふんだんに入れた自然・風景映像の効果が、もう一つの「博士の愛した数式」を生み出したのである。放映期間は意外と短いようなので、まだ観ていない人はぜひ鑑賞されることをお勧めする。そして、もちろん、原作も味わってほしい。
 映画を観る時はワイフ同伴がいい。特別割引で一人1000円で観られるからだ。もちろん、別の女性でも相手が勘違いしてくれれば、割引になるだろう・・・じゃなくって、鑑賞後に、感想や意見交換ができて、勉強になるのである(苦しい言い訳)。

2月27日(月)「重く沈鬱な1日・・・の風さん」
 毎年、1月は長く感じるが、その反動で、もともと短い2月が極端に短く感じられる。とうとう、今月も今日を入れてあと2日となってしまった。
 昨夜上がった雨は、後に強風を残していった。冬にいつも起こる自然現象であるが、何となく追い立てられているようだ。それでも、月曜日の割には、朝の出勤がスムーズで、ミッシェルは信号機の黄から赤を巧みにすり抜けて行った。アクセルが重く感じられるのは、気分のせいか。
 とにかく、憂鬱な1週間が始まった。
 相変わらずスケジュールが詰まっていて、なかなか自分のやる仕事が片付かず、あっという間に夕闇が迫ってきた。おかげで、今日も診療所に降圧剤をもらいに行く余裕がなかった。明日こそ、もらおう。
 今日は、定時後に本社で仕事があるので、またミッシェルで出かけた。
 朝と同じように、夕方のラッシュアワーにもかかわらず、ミッシェルは短時間で本社に着いた。
 ようやく仕事が終わって、退社することになったが、仕事の達成感が得られない。膨大な仕事を抱えていて、本当にわずかずつしか消化していけないからだろう。それが、会社の仕事だけでなく、本業の小説家も同じだから始末に負えない。
 帰りにガソリンスタンドに寄ってミッシェルに給油し、何とか9時少し前に帰宅できた。
 少し自棄食い気味に夕食を平らげ、すぐに入浴、こうして書斎に落ち着いたのはいいが、少し首が痛い。実は、昨夜も非常に頚椎症の具合が悪く、夜も鎮痛薬を飲んでいたのだ。先週の、左耳の後ろのじんじんくる痛みも、今にして思うと、首から来ていたような気がする。
 何とも、重く沈鬱な1日である。

2月28日(火)「生活リズム、大いに狂う・・・の風さん」
 どうしても明日までに、自分で作成しなければならない会社の書類があって、昨日から慌てまくって頑張った。お陰で、何とか、今夜7時までに大方完成した。ホッとしたのも束の間、帰宅前にメールチェックしたら、その明日の出張までに、別の書類作成を要求するものが入っていた。疑惑メールではないが、送信日時を確認したら、今日の午後3時過ぎだった。直前に出すなよ、と言いたかったが、これも自分でやらなければならない仕事だったので、さらに残業が続いた。
 結局10時過ぎまでかかってしまった。
 ミッシェルでぶっ飛ばして帰宅したが、当然夕食も入浴も深夜となり、就寝前にロックを飲みながら、小林よしのりの『靖国論』を読んでいたら、興奮して寝られなくなった(当たり前か)。
 でも、寝る前に、届いたばかりのプリンターヘッドを交換して動作確認はした(日曜日の午前にネット発注して、今日、届いたのだから、世の中スピードだね、やはり)。

06年3月はここ

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